第五回 歯が無くなった!そのあとは?

歯を失った患者様へ

虫歯から進行した根尖性歯周炎歯周病、あるいは事故でもしも歯がなくなってしまったら、その時どうするべきでしょう?

いわゆる『差し歯』や『かぶせ物(冠)』をすればいい、と思ってらっしゃる方が意外に多いのですが、これらは少なくとも『かぶせたり、差したりできる』歯根が残っている場合に限ります。つまり『差し歯』や『かぶせ物』が入っている歯はまだ歯根が残っている状態で、単に『見える範囲の歯の頭の部分(歯冠)』を失っているだけなのです。

歯全体、つまり歯根すらも失ってしまった状態が、真に『歯を失った』という状態なのです。『歯を失った部分』にはそれまで歯を支えていた骨(歯槽骨)と歯ぐき(歯肉)が残っているだけです。そこに『差し歯』や『かぶせ物』を入れることはできません。

本当の意味で歯根ごと、つまり歯全体を失ってしまった場合の対処法についてご説明いたします。

放っておいたらどうなる?

私たちの歯は、全部揃うと乳歯では20本、永久歯では親知らずを除いて28本あります。 通常機能すべき歯を失ったままにしているとどうなるのでしょうか。
上下の歯は、お互いが咬み合うことで歯の高さを保っていますが、相手方の歯が無くなれば、徐々に歯が飛び出てきたり【挺出(ていしゅつ)】(写真1)、隣にある歯がなくなるとしだいに倒れてしまいます【傾斜】(写真2)。

咬み合わせのバランスがしだいに狂ってくると、残りの歯への負担も大きくなります。

他にもこんな弊害があります。

空気が抜けて、会話や食事がしづらくなる。

見た目や顔貌にも悪影響を及ぼす

顎の関節の位置にズレが生じて、顎関節症を引き起こすことがある。

咀嚼能率が低下する。

胃腸障害や体調不良なども起こしやすくなる。

以上のように、歯には大切な役割があり歯を失うことは様々な悪循環や弊害を生むのです。(図1)


どうやって歯を補うの?

現在の歯科技術において、失った歯を補う方法は以下の4通りがあります。

  • 1. ブリッジ
  • 2. 入れ歯(義歯)
  • 3. 全部床義歯(総入れ歯)
  • 4. インプラント(人工歯根)
  • 5. 歯牙移植

ブリッジ

その名の通り、歯を失った部位の隣の歯を土台(写真3)とし、かぶせ物を用いて『橋渡し』の状態で連結・固定してしまう方法(写真4)です。

歯を失った部分の人工の歯は歯ぐきの上に接しているだけで、つまり「宙ぶらり状態」なのです。

土台となる歯は、かぶせ物の大きさ分だけ削る必要があります。たとえむし歯のない良い歯でも、削った後に痛みが出た場合は、神経(歯髄)を取らざるを得ない場合もあります。

歯科用セメントで固定するため、取り外しは出来ないものです。ブリッジの連結部分には特に食べかすや歯垢(プラーク)が貯まりやすいので、熟練した歯磨きが必要となります。

かぶせの素材によっては自然な歯の色に近い、目立たないタイプのものもあります。

入れ歯

歯の無い部分を人工の歯を付けたプレート(床)で補う方法です。広範囲に歯を失った場合にも有用です。部分床(部分入れ歯)と全部床(総入れ歯)があります。

ブリッジと違い取り外し可能なものですから入れ歯も残った歯も比較的清掃しやすいです。また一般的に就寝時には入れ歯も取り外して、粘膜を休ませます。
●部分床義歯(部分入れ歯)
部分入れ歯とは残った歯に金具等を引っ掛け、人工の歯を付けたプレートを粘膜に吸着させることで維持させる構造のものです(写真5)。

ブリッジのように支えとなる歯をたくさん削る必要は無いので、残った歯に対する損傷は少ないのですが、ブリッジほどの固定力はないので多少がたついたり発音しにくいことも有ります。。

また、残った歯には金具が掛かるので、前歯に近いほど目立つ場合があります。

最近では引っ掛ける金具を使わずに、新しい特殊な樹脂で歯ぐきに維持を求めるタイプの目立たないスマート義歯(写真6)や、金具の代わりに維持する白く審美性の高いかぶせ物と入れ歯が一体化したコーヌステレスコープ義歯(写真7)などがあります。

全部床義歯(総入れ歯)

上あご・下あごの両方、もしくはどちらか一方で全く歯が無い場合に補う方法です。 総入れ歯とは、人工の歯が付いたプレートを粘膜に吸着させる構造のものです(写真8)。

歯が全く無いため、部分入れ歯のように金具を掛けられませんので、お口の中の唾液が介在することで入れ歯を粘膜に吸着させます。

つまり粘膜での吸着に維持を求めるので多少のがたつきや違和感、お食事では食感や温度が感じにくい傾向があります。素材は一般的には樹脂製のものですが、厚みによって発音障害をおこしたり、温度感覚がわかりづらい場合には、一部の素材を金属(チタン、金、コバルトクロム等)に変えることで改善することができます(写真9)。

ただ総入れ歯は、唾液量が少ない場合には吸着が弱くなったり、さらに歯槽骨が痩せてくる(吸収する)と、どうしても外れやすくなってしまいます。

インプラント

インプラントとは、広い意味では、『体内に埋め込まれる器具や材料』の総称で、「IM+PLANT=中に植え込むこと」を表しています。。

心臓ペースメーカー、人工関節、人工耳、豊胸用シリコン、隆鼻用シリコンなどもインプラントの一種です。。

その中でも最も有名で歴史が深いのが、デンタルインプラント(歯科用インプラント)で、歯科界では『インプラント=歯科用インプラント』で通用しているのです。。

非常に純度の高いチタン製のインプラントは、歯を失った顎の骨の中に埋め込むと生体との親和性(なじみ)が良いことから、数か月でオッセオインテグレーション(骨結合)をおこして、顎の骨と一体化するようになります。最終的にはそのインプラントにかぶせ物を入れたり、あるいは入れ歯の固定源になることも可能です(写真10)。。

インプラントを骨の中に埋め込む施術は一種の人工臓器の移植とも言えます。。

ブリッジの時のように健康な歯を削ることも無く、入れ歯のように金具が見える心配や取り外しての手入れも無く、違和感もほとんどありません。多数の歯が無い場合やインプラントが出来る数が限られている場合には、インプラントを固定源にして動きにくい入れ歯を作ることも出来ます。歯を一本失った場合でも、複数失った場合でも、まったく歯が無い場合でも十分な顎の骨があれば治療は可能です。。

ただし、インプラントをするには手術が必要であり、骨にインプラントが結合するのを待つため治療期間がかかります。。

また費用は保険適用外となります。術前にはインプラントが適応かどうかの骨量や骨質の検査や、十分なカウンセリングが必要となります。インプラントを長くお口の中で機能させるためには、正確なブラッシングや定期的なメンテナンス受診が必要です。

全歯牙移植

一般的には、余っている、あるいは機能しきれない親知らずを抜歯して、歯を失った顎の骨に移植する方法です。。

元々、自分の体の中にあった組織を移植するので、生体自家移植に分類されます。。

詳しくは『親知らずのはなし―親知らずのリサイクル?―』をご覧ください。

インプラント歯牙移植の詳細についてはそれぞれ該当ページをご覧ください。
こちらでは入れ歯、ブリッジ治療について詳しくご説明いたします。

入れ歯の種類と素材について

歯の無い部分を人工の歯を付けたプレート(床)で補う方法です。広範囲に歯を失った場合にも有用です。部分床(部分入れ歯)と全部床(総入れ歯)があります。
ブリッジと違い取り外し可能なものですから入れ歯も残った歯も比較的清掃しやすいです。また一般的に就寝時には入れ歯も取り外して、粘膜を休ませます。

もっとわかりやすくまとめると

メリット デメリット
ブリッジ 固定式である(取り外しの必要がない)
健康保険が適応されるものもある
かぶせ物の支えになる歯を削らなくてはならない(歯を傷める可能性がある)
支えの歯が弱っていると不可
支えとなる歯が虫歯になったり、治療が必要になるとブリッジを外して作り直すことになる
義歯(入れ歯) 歯を削らなくてもよい(又は、最小限の削除量でよい)
健康保険が適応されるものもある
取り外ししなければならない(がたつく、違和感が強い、破損しやすい)
食感・食べ物の温度を感じにくい
咬むことが困難な食物がある
発音がしづらいことがある
粘膜に痛みが生じることがある
周囲の歯の状況が変化すると作り直す必要がある
えづきやすい人には不向き
インプラント 健康な周囲の歯を削ることは無く、取り外しの必要は無い
自然の歯に最も近い感覚を再現できる
周囲の歯の治療の為にインプラントそのものを治療しなおす必要はない
手術が必要である
十分な顎の骨がないと出来ない
(骨の移植や再生術を併用しなければ出来ないことがある)
健康保険が適用されない
治療期間がかかる
歯牙移植 健康な周囲の歯を削ることは無く、取り外しの必要は無い
親知らずの場合は保険適応である(2009年時点)
手術が必要である
全ての親知らずを使用できるとは限らない
親知らずの形・大きさが不定なので、移植する部分に適応するとは限らない
生着後も感染しやすい傾向や、歯根が徐々になくなる(吸収する)現象が見られたり、長期間もつことが少ない

歯を取り戻したその後は?

失った歯を補うことは、様々なお口の機能や外観を回復し、歯を失うことからおこる不具合や弊害を予防することにつながります。それは全身の健康にも大きく影響することは言うまでもありません。
苦労して回復した新たな歯は生涯保証されるものではありません。お口の中の機能を健康的な状態で長期にわたって維持していくには、ご自身による日々の丁寧なブラッシングや手入れ、さらに歯科医師による定期健診や経過観察、歯科衛生士によるプロフェッショナルなケアが必要なのです