第四回 親知らずの話

『親知らず』という名前を聞いたことがある人は多いと思います。

『とうとう親知らずが生えてきた。』とか『親知らずを抜かないといけない。』とか言う人がいると思えば一方で、『親知らずってよく聞くけど自分には関係するのだろうか?

一体どれが親知らずなんだろう?』と疑問に思っている人も少なからずいらっしゃいます。

今回は消えつつある永久歯、『親知らず』についてお話します。

親知らずってどんな歯?

ヒトの永久歯の一種で、第三大臼歯のことをさします。前から数えて8つ目の歯で、だいたい20歳前後に生え始め、早い人では17歳ごろから生えてくる場合もありますが、親元を離れる年齢で生えてくるため、親が歯の生え初めを知ることがないので『親知らず』と呼ばれています。

英語ではwisdom teethと呼ばれ、日本でも『智歯』とも呼ばれています。分別のつく年齢に生えてくることに由来しています。

人によって、親知らずがあるのに一生生えずに骨に埋もれたままだったり、先天的に歯が存在しない場合もあります。上下左右の親知らずの歯を含めると32本の永久歯がお口の中には存在するのが普通ですが、徐々に親知らずをもたない人も増えてきています。

どうして親知らずは痛みやすいの?

ところで、『親知らずの歯ぐきが腫れた!』とか、『ずきずき痛い!』という言葉をときどき耳にしますね。なぜ、親知らずはトラブルが多いのでしょう?

現代人は、昔の人に比べて顎の大きさが小さく奥行きが減っているにもかかわらず、歯の大きさや数には変化がないために、奥歯の生えるスペースが足りなくなっています。

そのため、親知らずが横向きに生えてきたり、歯肉や顎の骨を圧迫することもあります。

奥に生えているというだけで磨きにくく磨き残しも多くなり、その結果、細菌物質である歯垢(プラーク)がたまり、虫歯や智歯周囲炎と呼ばれる歯肉炎にもなりやすいのです。

場合によっては、親知らずのせいで他の歯まで動いて、歯並びにも悪影響を及ぼすこともあります。

どうして親知らずの歯は抜く必要があるの?

よく『親知らずだから抜かなくてはいけないのか?』という質問を耳にしますが、親知らずだからといって必ず抜かなくてはならないというのは間違いです。

親知らずを抜くのか抜かないのかは、歯の本来の機能、つまり正常にかみ合うことが出来るかどうかによります。抜歯しなければならないのは以下のような場合です。

咬み合うことができる対になる歯が存在せず咀嚼(そしゃく)する機能がない。

横向きに生えたりしっかりと生えることが出来ない場合に歯肉炎や虫歯になり、親知らずの歯だけではなく手前の歯にまで悪影響を及ぼすことが想定できる場合。

咬み合わせにおいて、歯列に悪影響を及ぼしたり、顎の筋肉に負担となる場合(顎関節症など)。

たとえ正常に生えていても、奥に生えているために歯ブラシが届かなかったり、えずいて歯磨きが出来ないなどの理由で虫歯を繰返す場合。

口が開きにくい人で、虫歯治療を行うための機械が親知らずまで届かない場合。

どうやって歯を抜くの?痛みや腫れは?

お口の中の状態やレントゲンを見て、一般的にまっすぐに生えている場合には、ほかの歯と同じように抜くことが出来ます(単純抜歯)。

ただし、歯根が曲がっていたり分かれている場合や肥大している場合には、根を二つに分けて抜歯することもあります(分割抜歯)。

横向きや斜めに生えている場合は大概、歯がまったく見えないか一部しか見えません。

このような場合にはまず、局所麻酔をし、歯肉を一部切開し、邪魔になる骨がある場合には削り、歯が見えるようになったら、取り出しやすいようにいくつかに分けて抜歯します。

そして切開した歯肉は縫い閉じます(埋伏智歯抜歯)。(図1)

このような抜歯は通院での小手術で行なうことが出来ます。抜歯当日には多少の出血や痛み、2‐3日は腫れが起こりますが、多少の個人差はありますが数日すれば改善します。

埋まっている歯の形態や深さによっては術後に嚥下痛、皮下出血斑、下顎神経の麻痺などの合併症が起こる場合があります。

一般的には下顎に比べると上顎のほうが骨が柔らかいので、上の親知らずのほうが比較的短時間に抜くことが出来ます。

親知らずのリサイクル?

ここまで読んで、『親知らずなんてろくなものじゃないわ。』と感じた方も多いでしょうが、親知らずもたまには役立つこともあるのです。それは要らない親知らずの再利用、リサイクルできることがあるのです!

親知らず以外の奥歯(第一大臼歯・第二大臼歯)も磨きにくいためにひどい虫歯になりやすく、歯を失う可能性の高い歯です。大臼歯を抜歯しなければならなくなった場合には、ブリッジや入れ歯、インプラント治療などで歯を補うことが一般的です。

しかし、もしも条件を満たした健康な親知らずの歯が残っていた場合には移植できる‘場合’があります。失った歯をブリッジのように連結させて補う場合には、支えるのに必要とされる周囲の歯を削る必要がありますが、移植なら周囲の歯を削る必要はありません。

ただしほとんどの場合は、移植する親知らず自体の神経の除去する処置が必要になります。

◎親知らずの移植のための条件・注意点◎

移植する親知らずの歯根の形態が、極端に曲がっていたり複数に分かれていたり、大きく肥大していないこと。親知らず抜歯の際に歯根を傷つけないこと。

親知らずの歯根の大きさが、移植をする部位の穴の大きさと極端に違わないこと。

移植する部位の骨に炎症が残っていないこと、骨の量が十分残っていること。

移植直後から数週間、親知らずを固定する必要があるので、近くに固定するためのしっかりとした歯が残っている必要がある。(固定部分での咀嚼は避ける。)

移植した親知らずが、ある程度固定されるまで、細菌感染しないよう細心の注意と処置が必要。

 以上のように、さまざまな条件をクリアしないといけないので、実際に親知らずの移植ができるケースは必ずしも多くはないのが実状です。

移植が成功した親知らずの例

最近では、親知らずや歯列矯正によって抜いた健康な歯を冷凍保存し、将来奥歯を抜歯した時に移植するという治療法もありますが、まだ確立された技術には至っていません。

なお、事故などにより脱落した歯を元の位置に戻したり、根管治療でなかなか治癒しない場合に、一旦歯を抜いて悪い部分を取り除き、もう一度もとの位置に戻すという治療もありますが、これは歯の再植と言い移植とは異なるものです。

トラブルの多い、困った親知らず。

でも他の永久歯が足らなくなった人には、もしかしたらリサイクル(移植)できたり、矯正で位置を移動させたり、入れ歯の固定に役に立つこともあるかもしれません。

親知らずが気になっている方は、親知らずの処置に慣れた口腔外科へ早めに相談なさってください。